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とある男子大学生が考えたこと、学んだことを書きます

「尊敬する」とはどういうことか

どうも、お久しぶりです。

 

さあ、今回はちょっと自分の中に溜まってきた思考を吐き出したい、そんなふうに思ってブログを書くわけですね。

 

今回のテーマは、「尊敬する」という感情について。

 

 どんな人を尊敬するか

「尊敬する」って簡単に使うけど、それってなんなんだろう。僕はそれを、その人に「真似できないすごさを感じ、憧れる」って 自分の中で最初に定義したい。あ、先に答え書いちゃったけど、これを今から説明していこうと思っているので。

 

「真似できないすごさを感じ、憧れる」って、3つの部分にわけられるんじゃないかと思っていて、「真似できない」、「すごい」、「憧れる」の3つです。このひとつひとつを紐解いていけば、具体的な「尊敬」がわかるのではないか。そう思います。

 

 

「真似できない」と「すごい」

「真似できない」は「すごい」と密接に関わっていると思うんですけど、その2つを分けているのは、主観・客観の問題だと思います。

 

「真似できない」はどちらかと言うと客観的であるように思います。真似できるかどうかは自分でわかるし、それは自分じゃない他者から見ても想像がつくからです。僕の主観で例を出すと、「受験で東大に受かった人たち」なんかが真似できないなと思います。事実、受験時代落ちているので、自分でも、外から見ても、その人たちができることを真似できないことはわかる。もしくはスポーツ選手とかですかね。

 

それでも、「真似できない」だけでは「尊敬」に結びつかないと思います。そこに必要なのは、主観的で純粋な「すごい」という気持ちが必要になってくるでしょう。なぜなら、「真似できない」と感じたことを重要だと捉えるかどうかという価値判断に関わってくるからです。

いくら「真似できない」ものでも、「すごい」と感じなければ重要度が下がります。これまた僕の主観的な例を出すと、「ルービックキューブをめちゃくちゃ早くできる人」っていうのは、真似できないですけど、僕の中ではそこまで大きい問題ではありません。

真似できないものにどう判断を下すのか、そこで一つ目の主観の壁が立ちはだかるように思います。

 

 

「憧れる」

「憧れる」という表現が正しいのかわかりませんが、僕はこれを精神の問題だと思っています。ある人が、自分にとっても重要だと感じることをできて、自分には真似できない。それでも、自分が「憧れる」かどうかというのはその人のバックグラウンドが関わっているのではないでしょうか。

 

例えば、努力家の人について、ただ「努力量が多い」というだけではなく、その努力の裏側のストーリーがあって初めて「憧れ」て、「尊敬する」のではないかと僕は思うんですよね。

 

結果だけがあっても空っぽというか、「尊敬する」という言葉がとる対象は、ステータスではなくて人間その人なのですから、逆に言えば、自分の思いだったり意志だったりを語らない人のことを尊敬することはできないと思います。

 

 

心のアテンション

人を尊敬するとき、その心が向いている先は、多様だと思います。

 

例えば、サッカー選手の本田圭佑を例にとってみると、尊敬の源が、彼のサッカー選手としての結果なのか、それまでの努力なのか、それとも自分を追い込む姿勢なのか、それによって「真似できない」、「すごい」、「憧れる」のどれも内容が変わってくるでしょう。

 

だから、人の何を尊敬するのか、その心のアテンションも主観なのです。

 

尊敬の対象は人間

先ほども、尊敬は人間を対象にとる、と書きましたが、これは僕の個人的な意見です。こんな考え方もあるのか、という気持ちで読んでいただきたいです。

 

尊敬されるために必要なのは人間、つまりその人の考えですけれども、なにも尊敬するために、必ず高尚なことを言わなければならないかと言うと、そうではないと思います。

 

ある行動の裏に、どんな心理、意志、無意識を形成する背景があるのか、そこを知らないと、その人間に近づくことはできない。だから、なんでもいいんですよ。それを変に格好付けずに表現することが大切だと思います。それからだから。人が「憧れる」かどうかは。

 

 

自分の思っていることを公表するのは、怖いと思いますよ、事実僕も怖いと思う。だってそれで批判されるかもしれないし、人が離れてくかもしれないじゃん。それでも、表現することでしか近づけない心理的距離ってあると思うんですよ。

 

だからこそ、自分は行動の裏に何があるのか表現したいし、人の表現を聞きたい。人間の本質はそこだと思っているから。結果だけで判断しないよ、人工知能じゃないんだから、人間は。

 

尊敬と恋愛

恋愛と尊敬はどのような関係にあるか。僕が尊敬について考え出したのは恋愛での悩みからなんですが、尊敬は、「恋愛を始めるには必要ないが、恋愛を維持するためには必要である」と最近は思います。

僕はジェンダーが男でヘテロセクシャルなので、それを前提に聞いていただきたいのですが、魅力的な女性はたくさんいます。美人だったり、おしゃれだったり、おもしろかったり。でも、尊敬できる女性ってなかなかいないと思うんですよね。

自分の背景がない、もしくは話さない人は「浅い」し、自分の背景があっても、それが自分の考えと似ているかはわからない。

 

でも、どれだけ似ていなくても、「尊敬」だけ抱けるのであれば、その恋愛はうまくいくのではないかと思います。「尊敬」は一番根底の価値観が一致していることを表すものだから。

 

全然まとまらないけど、書きたいことはだいたい書いた気がするから終わりにします。

以上。

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