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愛とは何か?フロムの「愛するということ」をわかりやすく解説してみたい

どうも、夏休みに読書をしている大学生です。

 

フロムの「愛するということ」が名著らしいから読んでみたら、言葉は平易だけど結局何を言いたいのか曖昧だなっていう印象を受けたので自分の中で整理できるようにこの記事を書く。

 

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読みながら書いた要約というかメモというか

これはまだ難しいままです。ここは読まなくていいです。一応、ポイントとなるような内容をピックアップしたつもり。

 

人間は他の人と一体化したいという希望を持っている。それを達成する最良の方法は、愛である。愛とは、個人が個人であるまま、他人と一体化することである。愛するという行動は能動的である。愛の能動的な性質を表しているのは、配慮、責任、尊重、知である。配慮とは対象を能動的に気遣うこと。責任とは対象の求めに応じられること。尊重とは対象のありのままの姿を認めること。知は対象の核心的なことについてよく知っていること。この4要素は相互に依存し合っている。

異性同士で惹かれあうのは、もう一方の極である異性と合一したいという欲望の表れである。

親子の愛。母親の愛は無条件である。子どもは最初、愛されるのみの存在だが、次第に愛することを覚えていく。父親の愛は条件付きの愛である。こうして、子どもは自分の中に自らの母親、父親像を作り上げていく。そして、母親的良心と父親的良心を兼ね備えた、人を愛することの出来る人物になる。

愛とは、世界全体に対して、その人がとる態度や性格の方向性のことである。それでも、対象によって様々な愛の種類がある。

兄弟愛とは、人間は皆一つなんだという連帯意識を持つことである。そのためには表面的ではなくて核心まで踏み込む必要がある。自分に役立たないものを愛するときに初めて、兄弟愛が生まれる。

母性愛は、子どもが成長したときに真価が問われる。自分に依存していた子どもが自分から離れていくことを望み、その幸福を願うのが母性愛だから。

異性愛は、他の人間と完全に一つになりたいという願望だから、排他的である。そういう意味で排他的なのであって、すべての人に対する兄弟愛を排除することはない。兄弟愛の進化系とも言えるかもしれない。異性愛は決断と意志によって成り立つ。だから、異性愛とは特定の人間同士のものであるし、意志によって成り立つものでもある。

自分も人間に含まれるから、自己愛は兄弟愛と本質的には同一のはずである。だから、他人を愛することの出来る人は自分を愛することができるし、その逆もまた然りである。

現代社会では、個人は自分からも、他人からも疎外されている。現代社会では、人格が商品化されて交換され、それが愛と呼ばれている。

一人で居られる能力が愛の前提条件である。愛するためには、客観的でなければならない。その基盤となるのが謙虚さである。それを身につけた後に大切になるのが、「信じる」ということである。自分の愛に対する理にかなった信念がなければならない。もうひとつ、信念は可能性を信じることにもつながる。理にかなった信念の根本にあるのは生産性である。信念を持って、勇気を出して、ある価値を最も大事だと断定しなければ、人を愛することも人に愛されることもできない。こちらが愛することで相手もこちらを愛するだろうという信念を自分の経験などから導き、それに自分の全てを委ねなければならない。

 

 

愛とは何か

フロムに言わせれば、愛っていうのは、自立したまま他人と同じになること。矛盾してるなあって思うけど、とりあえずそうなんだって思ってここは流してほしい。

 

愛は能動的

「愛される」ことじゃなくて、「愛する」ことを重視するべきなんだって。「愛するから愛される」って書いてある。自分から愛さないと。

 

愛っていうのは精神的な生産的行動って書くと難しく見えちゃう。多分要するに、愛するっていうのは、自分という人間全体を相手に与えられるってことなんじゃないかな。また難しい言葉になった。

 

自分の行動や存在、言葉などなどで相手を高めること。かな。

 

ここで大事なのは、その愛に見返りを求めないこと。

 

愛は信念

だから「愛する」っていうのは、ほぼ「信じる」と同じ。

 

対象の可能性を信じて、自分の愛する能力を信じることで初めて愛することができる。

 

 

 上に書いた二つの見出しのことが、結局フロムが言いたかったことなんじゃないかなーと思うよ。

 

愛は能動的。愛は信念。

 

 

親子愛

信じる→愛するの流れができるようにするには、父親的な愛と母親的な愛を両方兼ね備える必要がある。らしい。

 

父親の愛は多分、信念とか判断とか理性とかそういう、信じる部分につながっていて、母親の愛はおそらく、相手に自分を与えるっていう無条件的なところと繋がってるんだと思う。

 

だから、子どもは両方からの愛をバランスよく受けるのが大事なんだねえ。

 

 

 異性愛

ここは、疑問がかなり湧いてくるパートで、現代でこんなこと言ったらレインボーカラーの人たちに殺されるだろうなっていうことも書いてある。同性愛者は一生孤立したままだみたいなこと平気で書いてあるからね。

 

異性愛は、説明だけ聞くと矛盾しているように聞こえる。特定の人とひとつになりたいっていう願望だけど、排他的ではない。

 

でも、ある特定の人とひとつになることと、世界中の人へ愛を向けることは両立できるってフロムは考えてる。世界中の人と、「同じ人間なんだ」っていう連帯感を持ちながら(兄弟愛)、ある個人とは本当に一つになろうとする(異性愛)。

 

フロムは、異性愛のパートで、「決断」とか「意志」ってワードを持ち出してくる。おそらく、異性愛が一番、信念と勇気が必要になるんじゃないかな。

 

恋に落ちるという幻想を全否定するフロムは 「この人を愛するんだ」っていう決断にフォーカスしてる。で、その決断は「自分は人を愛すことができる」っていう信念から生まれる。

 

異性愛のパート、2文字でまとめると、意志。

 

まとめ 

愛は自分を信じて(自己愛)、相手を信じるところからスタートするってことなんじゃないかな。

 

自己愛を育てるためには親子愛が必要だよっていう。

 

親子愛→自己愛→兄弟愛、異性愛っていう流れで繋がっていくんだと思う。

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おしまい。